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なぜ今、僕が「読む、描く、見る」を大事にしているのか
なぜ今、僕が「読む、描く、見る」を大事にしているのか。
タイパが正義みたいに語られるこの時代で、
僕はあえて、ものすごく効率の悪い時間を選んでいます。
タイパの先にあった、ちょっとした怖さ
スマホを開けば、
アルゴリズムが僕の好みを先回りして、
15秒で脳を刺激する「答え」を次々に出してくれる。
確かに楽だし、気持ちいい。
一瞬で満たされた気にもなる。
でも、ある時ふと気づいたんです。
その情報に一喜一憂している自分に。
「あれ、これって本当に自分で選んでる?」
そう思った瞬間、少しだけ怖くなりました。
それは、自分の人生のハンドルを、
スマホという箱に預けている感覚でした。
誰かが仕組んだ「おすすめ」の上で、
感情が勝手に揺さぶられていく。
このままだと、
人生に対して、どこか他責な自分になる気がした。
だから僕は決めました。
もう一度、自分の手でハンドルを握り直そう、と。
自分の人生に戻るための「読む、描く、見る」
まず「読む」。
流れてくる文章を消費するんじゃなくて、
一文字ずつ、自分の中に入れていく。
静かな時間の中で、
著者の温度や、行間の景色と向き合う。
この不便な没入感が、
カチカチになっていた感性を、
少しずつ緩めてくれます。
次に「描く/書く」。
白紙の前に立つと、
そこには正解も、アルゴリズムもない。
迷いながら引く線。
言葉を絞り出す時間。
特に絵を描くということは
強制的に外部の情報を遮断するので
気持ちが揺れることがありません。
その不器用なプロセスの中で、
バラバラだった自分の輪郭が、
一つに重なっていく感覚があります。
そして「見る」。
スマホ越しじゃない、
目の前の暮らしの光や影。
大切な人の表情。
自分の心の揺れ。
自分で選び、自分で見つけた嬉しさは、
誰かに与えられた情報より、
ずっと深く心に残ります。
動画が流行ってる時代に僕がスライド型で
インスタ投稿していたのにも
こういった背景がありました。
効率を捨てて、
「読む、描く、見る」に時間を使うこと。
それは僕にとって、
自分自身をもう一度つくり直すような行為です。
自分の意志で選び、
自分の手で描き、
自分の目で確かめる。
その先にしかない
「理想の暮らしのアップデート」に、
僕は今、静かにワクワクしています。
これは流行でも、逆張りでもなく、
僕が僕の人生を、自分の足で生きるための選択です。
周りに合わせないからこそ
本当の自分の暮らしにつながっていきます。
というわけで、以上です。
今日もよい一日をお過ごしください!
aimでした:D