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もしかしたら、僕はイップスなのかもしれない
もしかしたら、僕はイップスなのかもしれない
絵を描きたいのに、描けない。
文章を書こうと思っても、書けない。
やりたいことはあるし、発信したい気持ちもある。それなのに、いざ取り組もうとすると、なぜか思うように進まない。
最近発信頻度が下がってるので、以前の僕を知っている人からすれば、少し不思議に感じるかもしれません。
なにしろ、僕は毎日のように発信していました。絵を描いて、文章を書いて、誰かに届ける。それが当たり前の日常だったからです。
それが今では、以前のようにできなくなっている。
自分でも、何かがおかしいと感じています。
もしかしたら、僕はイップスなのかもしれない。
そう思ったのは、ジミーちゃんこと、ジミー大西さんのYouTubeを見ていたときでした。
もちろん、僕が経験していることを本当にイップスと呼べるのかはわかりません。ただ、画面の向こうにいる人の姿を見ながら、ふと自分の状態と重なるものを感じたのです。
実は、この感覚は最近始まったものではありません。
もう2年くらい前から、少しずつ起きていました。
ただ、今もはっきりとした答えは出ていません。
書くか迷った内容ですが、同じ状況の人が救われればと思い、思い切って書きます。
※長いです
※本を読む感覚でコーヒー片手にゆっくり読んでください
好きだったはずなのに、うまくできない
僕は、絵を描くことも、文章を書くことも好きでした。
自分が描いた絵や書いた文章を見て、お客さんが喜んでくれる。
「好きなことを通じて、誰かに喜んでもらえる」
それが、僕にとって何より嬉しいことでした。
自分の好きなことが、誰かの役に立つ。
自分が作ったものを、誰かが楽しみにしてくれる。
そんな日々が、僕の活動を続ける原動力になっていたのだと思います。
ところが、2年ほど前から、少しずつ調子が悪くなっていきました。
絵が描けない。文章が書けない。発信したいのに、思うように進まない。
何か大きな出来事があったわけではありません。
誰かと大きなトラブルがあったわけでも、明確なきっかけがあったわけでもない。
ただ、振り返ってみると、ひとつ変わっていたことがありました。
それは、「期待に応えなきゃ」という気持ちが、以前よりも大きくなっていたことです。
せっかく楽しみにしてくれているのだから、喜んでもらえるものを作りたい。
期待してくれているのだから、それに応えたい。
そう考えること自体は、悪いことではありません。
むしろ、自分の活動を応援してくれる人がいるからこそ、生まれる気持ちでもあります。
ただ、いつからか、その気持ちが自分自身を苦しめるものに変わっていたのかもしれません。
好きだから描く。
楽しいから書く。
そんなふうに始まったはずの活動が、いつの間にか、期待に応えるために描く、期待に応えるために書く、というものになっていた。
もちろん、これが原因だと断言することはできません。
今でも、自分に何が起きているのかはわからないからです。
ただ、以前と何かが変わったことだけは、確かに感じています。
ひとりで続けてきた日々
もうひとつ、思い当たることがあります。
それは、ずっとひとりで活動してきたことです。
僕はアトリエにこもり、黙々と絵を描き、文章を書き、発信を続けてきました。
自分の好きな時間に起きて、好きな場所で作業をして、ひとりで仕事を進める。
そういう暮らしが、自分には合っていると思っていました。
実際、ひとりだからこそできたこともたくさんあります。
自分のペースで考え、試行錯誤し、少しずつ形にしていく。
それは、僕にとって大切な時間でした。
でも、今になって思うのです。
僕は、ひとりで作業する時間を大切にする一方で、人とのつながりを感じる機会を、あまり持てていなかったのではないかと。
もちろん、SNSを通じて応援してくれる人はいました。
コメントをもらったり、商品を購入してもらったり、作品を楽しんでもらったり。
そこには、間違いなく人とのつながりがありました。
それでも、日常生活の大部分は、ひとりで完結していました。
誰かと同じ場所で過ごすことも、何気ない会話をすることも、目の前にいる人と何かを共有することも少なかった。
自分の世界の中で、ひたすら作り続ける。
その生活が、いつの間にか、自分の視野や気持ちを狭めていた可能性はあると思っています。
だからこそ、今年の6月から在宅で仕事をするようになったことは、僕にとって大きな変化でした。
そこに至るまでには、出勤して働いていた時期もあります。
ただ、そのときは人間関係があまりにもつらく、働き続けること自体が苦しくなってしまいました。
それを経て、在宅で働くという選択にたどり着いたのです。
仕事を探していた期間も含めれば、半年ほどで、僕の日常は大きく変わりました。
働く時間ができ、仕事を通じた人とのつながりも生まれた。
ひとりで活動していた頃とは、生活の形そのものが変わったのです。
それが、今の僕です。
ただ、環境が変わったからといって、すぐに描けるようになったわけではありません。
2年ほど続いているこの状態に、まだ明確な答えは出ていないのです。
22歳の僕も、好きなものが好きではなくなった
ここまで書いてきて、ひとつ思い出したことがあります。
それは、22歳の頃の自分です。
当時の僕は、好きだったものを好きだと思えなくなっていました。
それまで楽しめていたことが、楽しめない。
何かをやろうという気持ちも湧いてこない。
自分が何を好きだったのかさえ、わからなくなっていく。
そんな時期を、僕は2年ほど過ごしました。
本当に苦しかったです。
好きなことがあるから頑張れる。
楽しいことがあるから、明日も生きていこうと思える。
僕にとって、それらは日々を過ごすための大切な支えでした。
それがなくなってしまったとき、何を頼りに生きていけばいいのか、わからなくなってしまったのです。
でも、僕はそこから立ち直ることができました。
当時の経験を振り返ると、立ち直るきっかけになったものは、大きくふたつあったと思います。
ひとつは、人とのつながりを感じること。
もうひとつは、思いつきで、いろいろなものに触れてみることです。
何か明確な目標があったわけではありません。
これをやれば元気になる、という確信があったわけでもありません。
ただ、目の前にあるものに触れてみる。
気になったことをやってみる。
誰かと関わってみる。
そうやって、自分の世界を少しずつ広げていきました。
すると、以前は何とも思わなかったものが、面白く感じられるようになったり、新しいことに興味を持てるようになったりしました。
何かひとつの出来事が、すべてを変えてくれたわけではありません。
いろいろな経験が積み重なって、少しずつ自分を取り戻していったのだと思います。
そして、気づけば、また好きなものを好きだと思えるようになっていました。
最近の僕が、もう一度外に出ている理由
そう考えると、最近の僕が経験してきたことにも、同じような意味があるのかもしれません。
8月には、みなとみらいで初めてのギャラリーを開催しました。
9月には、門司港のドッグマルシェに出店しました。
どちらも、いつものようにアトリエにこもっているだけでは経験できなかったことです。
作品を見に来てくれる人と直接会う。
自分が作ったものを、目の前で手に取ってもらう。
イベントの空気を感じながら、そこにいる人たちと同じ時間を過ごす。
準備は大変でしたし、思い通りにいかないこともありました。
それでも、実際にその場所へ行ったからこそ得られたものが、たくさんありました。
SNSの画面越しではわからないこと。
商品を販売するだけでは得られないこと。
そして、自分が作ってきたものが、人の暮らしの中に届いているという実感。
そうした経験は、僕にとって大切なものでした。
もちろん、ギャラリーやマルシェに参加したからといって、すべてが解決したわけではありません。
今も、描けない日があります。
書きたいのに、書けないこともあります。
以前のように活動できない自分に、もどかしさを感じることもあります。
それでも、外に出て、人と関わり、今まで経験したことのないものに触れてみる。
そうした時間の中で、少しずつ、自分の中に変化が生まれているような気がするのです。
22歳の頃の僕が、いろいろなものに触れることで立ち直っていったように。
今の僕にも、そういう時間が必要なのかもしれません。
答えが出ていなくても、できることはある
正直に言えば、僕はまだ、この状態から抜け出せたわけではありません。
2年ほど前から続いている不調の理由も、どうすれば完全に解決するのかも、わかっていません。
だから、今回の記事で「こうすれば大丈夫です」と言い切るつもりはありません。
ただ、ひとつ思うことがあります。
人生には、自分ではどうにもできないことが、たくさんあります。
仕事のこと、人間関係のこと、予想もしなかった出来事。
どれだけ準備していても、思い通りにいかないことはあります。
僕自身、この半年ほどで、日常が大きく変わりました。
良いこともあれば、つらいこともありました。
やりたいことがあっても、思うように動けない時期もありました。
それでも、外で起きるすべてのことを、自分の力でコントロールすることはできません。
だからこそ、せめて自分の手が届く範囲は、整えておきたいと思うのです。
自分が過ごす場所。
毎日の生活。
自分の時間。
そして、自分が何に触れ、誰と関わり、どんな経験をするのか。
そうした身近なものを少しずつ整えておく。
それは、何が起きても動じない人になるためではありません。
思い通りにならないことが起きたときにも、また自分の足で歩き出せるようにするためです。
僕はこれまで、暮らしを整えることについて、何度も発信してきました。
物を減らすこと。お金を整えること。時間の使い方を見直すこと。
それらは、日々の負担を減らし、余白をつくるための方法です。
でも、余白をつくることだけが目的ではありません。
その余白を使って、新しいものに触れたり、誰かとつながったり、好きなことを楽しんだりする。
そうやって、自分の世界を広げていくことも、同じくらい大切なのだと思います。
今の僕に必要なのも、きっとその両方です。
自分の生活を整えながら、外の世界にも触れていく。
焦って元に戻ろうとするのではなく、今の自分にできることを、ひとつずつやってみる。
そうしていくうちに、また自然と絵を描きたいと思える日が来るかもしれません。
以前のように文章を書くことが、楽しくなる日も来るかもしれません。
まだ、どうなるかはわかりません。
でも、22歳の頃の僕がそうだったように、今の自分にも、まだ知らない世界や、これから出会う人たちがいるはずです。
そう思うと、もう少しだけ、先に進んでみようと思えます。
今はまだ、答えを出す途中です。
だからこそ、無理に答えを決めずに、目の前の暮らしを整えながら、いろいろなものに触れていこうと思います。
いつかまた、心から楽しいと思いながら、絵を描いたり、文章を書いたりできるように。
そして、自分が作ったものを通じて、誰かに喜んでもらえるように。
焦らず、少しずつ。
今の僕にできることから、始めていきます。
というわけで以上です!
今日もよい1日をお過ごしください:)
aimでした:D